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名古屋高等裁判所 平成6年(ラ)46号 決定 1994年6月21日

主文

一  本件抗告を棄却する。

二  抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

一  抗告人は、「本件保全命令を取り消す。本件保全命令申立てを却下する。申立費用は相手方の負担とする。」との裁判を求めたが、その抗告の理由は別紙「理由書」写のとおりである。

二  一件記録によれば、次の事実が認められる。

1  相手方は、平成五年四月一六日(以下、平成五年についてはその記載を省略する。)、名古屋地方裁判所に対し、債務者株式会社戊田所有の別紙物件目録記載の土地三筆(以下「本件土地」という。)について抵当権実行の申立てをし、同月一九日、差押登記がされた。

2  債務者は、抗告人に対し、一億五〇〇〇万円の消費貸借債務を負担していたが、その利息の支払を滞つたため、抗告人から本件土地に賃借権を設定するよう求められ、三月一七日、抗告人との間で、本件土地を目的として、期間同日から五年間、賃料一か月二〇万円、目的を建物所有とする賃貸借契約を締結し、同日、契約書に公証人の確定日付印を受けた。

3  名古屋地方裁判所執行官は、四月二〇日、二六日及び二八日に本件土地に臨んで現況調査を行つたが、この時点では本件土地は更地であり、唯一の出入口である北側公道(広小路通り)との境界部分には立入り防止用の金属製のフェンスが張りめぐらされていて、隣地居住者からの事情聴取によつても所有者以外に占有者は存在しなかつた。評価人が五月一〇日に本件土地に臨んで実査をした結果も、これと変わりがなかつた。

4  抗告人は、五月一〇日から六月末までの間に、右金属製のフェンスを撤去した上で、本件土地上の表側通りからは最も奥まつた位置にプレハブ二階建ての簡易な仮設建物(床面積一、二階各一九・四四平方メートル。以下「本件建物」という。)の建築に着手してこれを完成し、七月から仮設水道の水道料は、九月分から電気料を、いずれも抗告人名義で支払つている。

5  抗告人は、本件建物を社員の宿舎として使用していると主張するが、本件建物の二階公道側壁面には丙川社名古屋支局名で「丙川社宣言」以下数行の記載のある看板が掲げられており、本件土地内には結社丙川社の街頭宣伝車が随時駐車している。

執行官が債務者から事情を聴取した結果でも、結社丙川社の使用が確認された。

6  本件土地は名古屋市の繁華街今池の交差点から東約二五〇メートルにあつて、広小路通りに面し、付近は路線商業地域を形成している。本件競売手続における評価人の評価額は、一括売却を前提として四億四六〇三万円であるが、債務者は、平成二年一〇月三〇日、本件土地を買い受けると同時に相手方に対し債権額一二億円の本件抵当権を設定している。

7  相手方は、名古屋地方裁判所に対し、抗告人及び債務者に対する売却前の保全処分を申し立て、同裁判所は、平成六年一月三一日、右両名に対し、「(1)本件建物の収去、(2)決定送達後一四日以内の本件土地からの退去、(3)本件土地上に建物その他の工作物の建築・設置禁止、占有移転と占有名義変更の禁止、(4)執行官への公示命令」を内容とする本件保全命令を発した。

三  右認定事実に基づいて、抗告人が保全処分の相手方となりうるかについて検討する。

1  不動産の所有者は、不動産に抵当権を設定した後も、民法三九五条の範囲内で当該不動産を使用し収益をあげる権能を失わないから、抵当権の実行による差押え登記前に対抗力を取得した短期賃借権は、売却によつて消滅せず、買受人に対抗することができる。そして、ここにいう対抗力のある場合には、賃借権の仮登記を有する場合を含む。

しかしながら、この法理によつて保護される短期賃借権は、真に不動産の利用を目的とはしないものを排除する必要から、差押え登記前に目的土地の使用を開始したものに限られる。

本件において抗告人が主張する短期賃借権は、二に認定したとおり相手方の申立てによる競売開始決定の登記後に使用を開始したものであるから、本件競売手続における本件土地の買受人に対抗することはできないものであり、現に本件土地を使用するとはいえ、抗告人は、本件競売手続上、権原に基づかないで本件土地を占有する者にほかならない。

2  さらに、二に認定した事実によれば、抗告人は、単に差押えに遅れて土地の使用を開始した賃借権者というだけでなく、正常な用益を目的とする賃借権者ではなく、債権の回収を目的とする賃借権者であり、かつ、執行妨害や不公正な手段による買受け又は不当な利益の獲得を目的とする賃借権者であるといわなければならない。この認定判断の根拠を示すと、次のとおりである。

ア  本件土地の評価人による評価額は四億四六〇三万円であるが、債務者がこれを買い受けたときの価額は、債務者の取得の時期と相手方の抵当債権額から判断して、相手方の抵当債権額に近いものであつたと判断され、その後の地価の下落を考慮しても、現在の本件土地の時価は右評価額を上回ると推定される。そうすると、本件土地の賃料額一か月二〇万円は、経済原則を無視したものであつて、本件賃貸借契約は正常な取引行為とはいえないものといわなければならない。

イ  抗告人が本件土地上に建設した仮設の本件建物の占有者は結社丙川社であつて、丙川社は本件土地も使用している。抗告人は、本件建物を社員の宿舎として使用していると主張するけれども、抗告人には会社登記簿上名古屋支店の登記はないし、名古屋市周辺に支店・出張所・営業所等を置いていることを認めることのできる資料はなく、債務者も本件土地は丙川社が使用していると認識している点からすれば、抗告人は右建物を使用してはいないものと認められる。

そして、丙川社は、建物の壁面に宣言の看板を掲げ、本件土地上に街頭宣伝車を駐車させて、その占有を誇示している。

ウ  抗告人は、債務者に対して多額の貸金債権を有しており、本件賃貸借契約締結の経緯からすると、抗告人の賃借権が右債権の回収目的に関連していることは明らかである。

エ  抗告人の本件土地の使用方法は、本件土地の立地条件(路線商業地域にあること、広小路通りに面していること)・建物の建設位置・建物の用途を考えると、全く不自然なものといわなければならない。

抗告人と丙川社との関係については、抗告人は沈黙して明らかにしないが、そのこと自体、両者が正常な取引関係にはないことを物語つており、丙川社の本件仮設建物等の使用が抗告人の意思又は支配の下に行われていることを証明している。

以上のアからエまでの事実を総合すると、本件賃貸借契約は、短期賃貸借に名を借りて入札希望者の嫌忌する占有状態を作り出し、もつて、本件土地の買受け申出を阻害して、売却の実現を困難にさせるか、本件土地の売却価額を低下させて廉価での買受けを図り又は立退料名義で金銭の支払を受けて不当な利益を得る目的の下に締結したものと認めることができ、正常な用益を目的とするものではなく、本件競売の実現を妨害するか又は不当な手段で債権の回収を図るものといわなければならない。そして、以上の事実からすると、債務者と抗告人は、この点について目的を共通し、通謀して実行していると認めることができる。

3  民事執行法一八八条、五五条に基づく保全処分の相手方となるのは、債務者又は所有者であるが、これらの者の占有補助者又はこれと同視できる者も相手方となりうるものと解すべきである。

抗告人は、2で認定したとおり、債務者兼所有者と通謀して前記共通の目的の下に、差押えの効力発生後に本件土地の使用を開始した者であり、債務者兼所有者の占有補助者と同視できるものといわなければならない。

四  抗告人の本件土地に対する前記認定の行為は、以上で判断したとおり、正常な使用とはいえないものであり、本件土地の売却価額を著しく減少させるものであることは明らかである。

そして、原審が発した保全処分の内容は、いずれも本件土地の価格減少を阻止し売却を実現するのに必要であり、かつ、相当なものといえる。

五  以上のとおり、相手方の申立てを認容した原決定は正当であり、本件抗告は理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 稲守孝夫 裁判官 小林 峻 裁判官 松永真明)

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